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オープンなのか、クローズなのか?

THE OPEN」。大会名に固有名詞が付かないことが、歴史と権威を物語る。1860年に第1回大会が開催された世界最古のオープン競技は、今では最も世界に開かれた大会にもなっている。

予選会を例にとると、今年のミュアフィールドへと至る道はアフリカ(南アフリカ)、アメリカ(テキサス州)、アジア(タイ)、オーストラレイジア(オーストラリア)、ヨーロッパ(イングランド)という5つの地域で国際最終予選が開催され、松山英樹を含む総勢27名がその権利を掴んだ。その他にも、イギリス国内の14会場で地区予選が行われ、さらにはミュアフィールド近郊の4つのリンクスコースでも最終予選会が実施された。

今大会の出場者は27カ国(地域含む)から156名で、内訳は以下の通りだ。

米国(50)、イングランド(17)、オーストラリア(12)、南アフリカ(10)、スコットランド(10)、スウェーデン(9)、日本(8)、スペイン(6)、韓国(4)、北アイルランド(4)タイ(3)、ウェールズ(3)、アルゼンチン(2)、デンマーク(2)、ドイツ(2)、イタリア(2)、アイルランド(2)、オーストリア(1)、ベルギー(1)、カナダ(1)、中国(1)、コロンビア(1)、フィジー(1)、フィンランド(1)、フランス(1)、インド(1)、ニュージーランド(1)

地元記者からは「この大会はイギリスでやっているのに、イングランド人は17人しか出ていない。その一方でアメリカ人は50人いる。少し国際化し過ぎていないか?」「サニーデールの国際予選(ヨーロッパ)ではアメリカ人が勝った。これは正しいことだと思うか?」と、R&Aに対して辛辣な質問が飛ぶ。だが、R&Aは揺るがない。全英オープンが世界へと門戸を広げていることを誇り、ヨーロッパでの国際予選は欧州ツアープレーヤーの利便性を考えてのもので、優勝したアメリカ人は欧州ツアーをプレーしており、すこぶる公平だ、とさらりと受け流した。

その一方で、ここミュアフィールドが男性のみのゴルフクラブであることも、メディアの話題の一つとなっている。それに、毎年のことだが、我々メディアに対しても、ロープ内に入れる媒体や、さらに日曜日の18番グリーン周辺に入れる媒体など、細かくレベルを分けて管理しており、その厳格さには辟易させられることもある。

先日、遅い晩御飯を食べに、エジンバラにある宿舎近くの中華料理店へと足を運んだ。店のマネージャーは中国系ベトナム人の47歳の男。こちらが一人で食べていると、他に客が居なかったこともあり、ワインボトルを持って同じテーブルへとやってきた。酒を飲んで話し込むうちに、エジンバラに30年住んでいるというこの男は、ぽつりと漏らした。「イギリスのパスポートを持っていても、いつまでたってもイギリス人にはなれない。アメリカでは、パスポートがあればアメリカ人だと胸を張れるのに・・・」。店を出ると、エジンバラの暗い夜道に冷たい風が吹いていた。(英国ミュアフィールド/今岡涼太)


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「攻めのゴルフに徹したい」 北田瑠衣は4位Tで最終日へ

「最後のボギーがもったいなかったですね」と悔しさいっぱいでクラブハウスに戻ってきた北田瑠衣。茨城県で開催されている「サマンサタバサ・ガールズコレクション レディーストーナメント」の2日目、6バーディ、1ボギーの「67」でラウンドした北田瑠衣が、通算9アンダーの4位タイに浮上し、明日の最終日を迎える。

バーディ合戦が予想された上位争いを予想していた北田は、スタートからバーディを奪って攻勢に出る。ピンをデッドに狙ったショットで、バーディを量産し、前半に4つのバーディを奪って上位争いに早々に名乗りを挙げた。「今日は昨日よりもショットが良かった」と、精度が光ったアイアンショットに加え、ティショットもフェアウェイをきっちり捕らえてスコアメイクに繋げた。

しかし、ノーボギーで迎えた18番では第2打をピンまで約16メートルに運んだが、「気持ちよく打ってしまった」と1.5メートルをオーバー。返しのパーパットを決めきれず、後味の悪いボギーでホールアウトした。それでも「ショット、パット、アプローチ全てが良い状態。自分のゴルフが気持ちよくできているのは今年初めてかな」と確かな手応えがある。

2008年の「日本女子オープン」から2013年の「中京テレビ・ブリヂストンレディス」まで、約5年、154試合にわたって連続試合出場を続けていたが、今季の「リゾートトラストレディス」で欠場を決めた北田。その理由は、67歳の父が入院することとなり、そんな父に付き添うためだ。先週のオープンウィークには、回復した父とタイ・バンコクを旅行し、父娘水入らずの時間を過ごした。「(快気したことへの安心も)ありますね。あとは私が頑張れば喜んでくれるので」と、父を気遣う。

「昨日よりも今日の方がゴルフの内容もいい。明日も必ずバーディチャンスに付くと思うので、それをしっかり決められるように、攻めのゴルフに徹したい」。首位の表純子とは7打差と開くも、周りの人の笑顔のため、父の笑顔のために、2010年の「Tポイントレディスゴルフトーナメント」以来、3年ぶりの勝利に望みを懸ける。(茨城県稲敷郡/糸井順子)


21:00 | トラックバック::0 | ニュース |TOP


復活を賭けるウッズ、首位に1打差で週末へ


グレーム・マクドウェル(北アイルランド)がミュアフィールドでの2日目を終え、タイガー・ウッズと握手をしようと歩み寄ったとき、彼はウッズに対する賞賛の気持ちを抑えることができなかった。

「この2日間は(ゴルフの)クリニックだったよ。優れたパッティングとの組み合わせはとても印象的だった。彼は危険な存在になるよ」と、素直にウッズのプレーを称えた。

18番をバーディで終えたウッズは2日目を「71」でホールアウトした。今年の全英オープンは前半戦を終了し、ウッズは2アンダーで折り返すこととなった。日程が進むにつれ、ミュアフィールドのグリーンは表情を変え、世界最高レベルの選手たちに試練を与え続けている。そんな中、ウッズはリーダーボードの順位をじわじわと上げ、首位のミゲル・アンヘル・ヒメネス(スペイン)に1打差まで詰めてきた。

今シーズン、世界中の大会で3勝をマークしているマクドウェルは、メジャー大会で勝利する難しさを理解している。彼には2010年に「全米オープン」を制した経験や、昨年はオリンピッククラブで最終日の最終組でプレーした経験がある。

そんなマクドウェルが、4大メジャー大会で16戦も優勝から遠ざかっている記録を打ち破ろうとしているウッズに対して高い評価をした。これは大きな意味を持つと言える。

「この週末、タイガーは強かったあの頃のプレースタイルから、かけ離れたプレーはしないと思うよ」と、マクドウェルは言い切った。「アイアンに関して言えば、彼は飛距離をコントロールできているし、いつも思い通りの場所へコントロールできている。このコースをとても安全にプレーしているね。これこそ私が期待していたプレーそのものだ。なぜなら……彼ほどアイアンに優れた選手はいないからね」。

「それに彼はパッティングも格別だ。8フィート、10フィート、15フィート。この2日間で長い距離のパーパットを幾つ決めたことか」。

とにかく今週、マクドウェルはウッズが見せた「ゴルフ全体をコントロールする技術」に大きな感銘を受けた。世界ランク1位に返り咲いたウッズのキャディーを務めるジョー・ラカバ氏に、ヘッドカバーの下には本当にドライバーが入っているのかを確かめなければ、と冗談を飛ばすほどだった。「幸か不幸か、ドライバーを近くで確認することはできなかったからね……」。

「この難コースをとても慎重にプレーしている」と話した北アイルランド出身のマクドウェルは、「ウッズの正確なアイアンが、計り知れない好影響を及ぼしている」と語った。

ウッズにとって今週は、通算15度目のメジャー制覇となるのだろうか? ジャック・ニクラスの通算18回の優勝記録にまた一歩、近づくことができるか? ウッズの最後のメジャータイトルは、トーレパインズGCで行われた2008年の全米オープンだ。18番ホールで争われたプレーオフの末、ロコ・メディエイトを下して優勝した際に疲労骨折し、靭帯損傷を負ってしまったことは有名だ。

ウッズはその後、すぐに手術を受け、その年の残る2つのメジャー大会は欠場した。3度目の全米オープンを制して以降、ウッズは16度のメジャー大会でトップ10フィニッシュを8回記録しており、そのうち6度は4位以上の好成績を残している。その中には、3日目を首位で終えた大会で、初めて他の選手に優勝を譲り、Y.E.ヤンに次ぐ2位となった2009年の全米プロゴルフ選手権も含まれている。


ウッズが戦っていなかったわけではない。彼は日曜日に獲物を仕留めようと“狩り”を行ってきた。この週末も、そうだ。キャリア4度目となる全英オープン優勝を仕留めるチャンスがある。舞台のミュアフィールドは、ウッズが3度目の優勝を飾った2006年のロイヤル・リバプールとちょうど同じように、灼熱の太陽の影響でグリーンが速くなっている。

「これまで惜しいことは多々あった。自分でチャンスを与えてきたんだ」と、ウッズ。

確かに、ウッズの言う通りだ。そしてそれぞれの機会で、期待感は高まっていた。だが、ウッズ以上に期待を寄せている者はいないだろう。「タイガー・スラム」やニクラスを追いかけるという高いハードルを設定したウッズ。だがそのどれも、4大メジャーでの勝利には及ばず、毎年熱を帯びる議論は、今年の4度の米国ツアー優勝でさえ静まらせることはできないのだ。

ウッズが今すべきこと。それはこの2日間で見せたような「コツコツ」とプレーを続けることだろう。フェアウェイキープ率は75パーセントに上り、パーオン率も67パーセントを記録している。そして今の彼なら、思い通りにパットを決められる。

ミュアフィールドは、優勝者に口出しすることができる唯一の存在だ。ウッズは「大きな試練」が来るだろうと話した。マクドウェルは、誰がクラレット・ジャグに相応しいか、この由緒あるコースが、残りの2日間で言葉通りに、そして比喩的にも、何度もプレイヤーに問いかけて来るだろうと語った。

マクドウェルは、彼自身を含め、優勝を狙う資質を備えた選手が大勢いることを理解している。そして優勝カップに4度目となるウッズの名前が刻印されることとなったとしても、驚くことはないだろう。ウッズは、ただその時を目指すだけだ。

「プレーを続けて、パッティングも好調を維持する」と、ウッズ。さらに「出場する全てのメジャー大会で優勝できるわけではない。だけど間違いなく、優勝を目指すことはできるし、その可能性はゼロではない。自分に十分なチャンスを与えられれば、キャリアの中でいつか達成できる、と信じているよ」と語った。


20:22 | トラックバック::0 | タイガーウッズ |TOP


メリオンGCの幽霊の隠れ家

一見すると、これはゴルフの話だ。それはもちろんメリオンの話をするからだ。だがこれは、同時に幽霊の話でもある。なにしろ、メリオンには幽霊がウロウロしているのだから。フェアウェイ上に。スパイクマークの中に。2階にあるボビー・ジョーンズ・ルームの中に。ベン・ホーガンの額の脇に。

そして、あるクラブハウスの特別な隠れ場は、幽霊の世話のためだけに使われている。

それは、トロフィールームの反対側、1913年9月、今年の全米オープンの舞台が開業してから約1年が経とうという時の話。7人のゴルフの“始祖(グランドファーザー)”たちからクラブに贈られた、グランドファーザー・クロックの向かいだ。そこには階段があり、図書室まで続いているのだが、さらに小さな階段を上がると、おなじみの籐網のかごで飾られ、丹念に磨き上げられた分厚い松の扉がある。そして、その向かいのアーカイブ・ルームで魂は元気に育っている。

メリオンGCが、ゴルフ界に現存する聖地の1つだとすれば、ここは舎利殿に相当するだろう。信徒の幅広さを考えたら、アラジンの洞窟という方が、より相応しいかもしれないが。小物や宝石、書類や写真。これらすべては、献身的な護人であり、生けるメリオンの伝道者ジョン・ケイパーズIIIが、プライベートクラブが所有する最高の総合施設と主張する場所を彩っている。全ての工芸品は細かく分類され、書類は1つ1つ丁寧にファイルされている。それというのも、ケイパーズ曰く、過去を保存することは、知られている進行形の現在を、未来へつなげる橋渡しの意味を持っているのだ。

1981年にデービッド・グラハムがトロフィーを持ってアードモアから立ち去った後、永久にお蔵入りしてしまったように思われた、全米オープンへのつながりとアイデアについて考えてみよう。

その前に、はっきりさせておこう。私はこの物語の中では、中立なツアーガイドではない。過去2年にわたり、このアーカイブは私のお気に入りの1つとなった。いや、取り憑かれてしまった、と言った方がいいかもしれない。ここまでハマったのは、私がゴルフの歴史、ゴルフが生まれたコミュニティを愛しているからであり、一般的にどうやって保管してあるか、特にこのアーカイブの場合、歴史をコミュニティに特化している様に惚れたからだ。もちろん、ケイパーズの献身にも感化された。そして、それなしには、このクラブの新しい歴史を調べ、執筆するという行為が、私にとって古典的なホラーを書くことに成り下がってしまう。その代わり、私は1世紀以上に及ぶ真実、数字、リポート、そしてもちろん再び取り上げられ、日の目を見ることを待ち続けていた幽霊を発見した。

温度調整された壁には、メリオンをメリオンたらしめる物が保管され、それらは触ったり、読んだり、見たり、そして汗じみを気にしないのであれば、着たりすることができる。ジョーンズからの手紙? それは後ろの壁にある。ホーガン、ジャック・ニクラス、アーノルド・パーマーからの手紙と並べられている。ロゴ入りのメガネ、皿、陶磁器、マッチ箱、ブレザー用のパッチ、キーチェーン、ディボット用の道具? それらは、1930年以来、メリオンで争われているナショナル・チャンピオンシップの出場者バッジと一緒に、棚に陳列されている。“ホワイト・フェイス”と呼ばれるバンカーを加えて完成したイースト・コースを描写する刺繍、メリオンの最高責任者を務めたバレンタイン父子が1921年から1989年に残した赤い革表紙の日記もある。時間が気になる?だったら、1981年の全米オープンで使用されたオフィシャル時計を見ればいい。まだ時を刻み続けている。

1981年にグラハムが優勝した時のパター。ベン・ホーガンが大会で使用したアイアンセット。クラブに所属した古きプロたちが作ったヒッコリーの芸術品? 2005年全米アマチュアの最終ラウンドで、エドアルド・モリナリが着ていたサイン入りシャツ(ケイパーズ曰く“これは洗濯すらしていない。あの日が涼しい日でよかったよ”)。これらは、建物の描写や、何百というゴルフ本、そして何千という新聞や雑誌の記事、大会記録、プログラム、数々のクラブ委員会からのリポート、クラブの行事の年報や、ナショナル・チャンピオンや地元キャディの写真など、ありとあらゆる物が収められたメタル製のファイル棚と並べられている(これらのうち90000点以上のスクラップや10000点以上の写真はデジタル化されている)。唯一見当たらないのは、1971年にリー・トレビノが持っていたゴムのヘビだろう。

「リーに聞いたんだ」と、大切なものが1つ欠けていることを渋々認めたケイパーズはため息をつきながら言った。「でも、リーも持っていないんだよ」。
メリオンと同様、このアーカイブもゴルフ創世記から存在するような気がするが、1865年のメリオン・クリケットクラブまで歴史をさかのぼれるメリオンに関して言えば、まだまだヨチヨチ歩きの段階だ。クラブ会員のジョージ・スクダーが1980年代に取り組み始めたが、アーカイブとしてしっかり機能し始めてから、まだ10年経ったくらい。自分が集められるクラブの歴史に関する物やメモラビリアを集めて保管しようというスクダーの直感は完璧だった。だが、男子ロッカールームに隣接した室内ネットの脇にある施錠できる倉庫に、収集したものを保管して置いたことは間違いだった。

この部屋は、夏は暑く、冬は寒い。さらに、壁がある意味は多少あっても、湿度が壁をくぐり抜けてくる。1990年代後半にイースト・コースを再生する最善の方法を考えた時、スクダーの持つ骨董品の中に、古い写真がないか聞いてみることになった。スクダーは、ジョーンズがグランドスラムを達成した1930年の写真を山ほど提供したことで、趣味が使命に変わった。

この写真は、修復工事のゴールを決める貴重な資料となった。グリーンを小さくし、ホワイト・フェイスを変えることで、木がうっそうと覆い茂るコースを、その歴史の頂点へと回帰させることになった。そして、このおかげで、USGAはメリオンを再訪の価値があるコースとして認識するようになった。

メリオンの過去は、倉庫の中にしまっておくだけではもったいない。「とにかくたくさんの代物が揃っていたんだ」と、スクダーのコレクションに、自身が集めた1990年代前半の貴重なコレクションを加え始めたケイパーズは語る。「だけど、どうやって整理整頓すればいいのか分からなかった」。

これを手掛けたのが、アンディ・マッチである。2000年後半、博士号を取得するため、博物館とアーカイブの責任者を務めたUSGAを去ろうとしたマッチに、スクダーの長年にわたる愛の結晶を洗練された現代風の記録に変えるために、その専門的技術を貸してくれないかとオファーがあった。返答はこうだ。「それ以上の名案はないね」。

作業は2001年1月から開始された。「納屋のような建物の中にある、凍えるような寒い部屋に、段ボール箱とその他諸々の資料が山積みにされていた。誰かが整理してくれるのを待っているようだった」と、マッチは振り返る。

そして、解明が始まった。「まるで、野菜スープの材料を探り当てているようだった。ニンジンはこっち、チキンはこっち、セロリはここってね。資料をそれぞれに山分けしていったんだ」。目の前の資料を分類し、系統立てて、コンピュータのデータベースに入れ終わった頃には、野菜スープの解説は終わり、初期のメリオンで使用されたスコアカード、昔のクラブ・ハンドブック、ジョーンズからの手紙など、しまい込まれていたお宝が日の目を見た。適切なアーカイブ用のボックスを使用したり、個別にファイルして、お宝を保護した。

それから3年、マッチはアーカイブ棚の中の収容品解析に没頭した。2003年には、常時展示できる準備が整い、ライブラリーの裏にある役員室に収容することが決まった。「役員室はひどい状態だったけど、アーカイブ室にするには完璧だと思ったんだ。それは、少し奥まった場所にあり、最小限の自然光が差し込む部屋だった。コレクションを安全に保管し続けるためには、大きなプラスとなる。作業をするには十分の広さがあり、効率よく管理するにはうってつけの狭さだった。



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上田桃子が日本勢でただひとり決勝へ 「全英リコー女子オープン」の出場権を獲得

米国女子ツアー「マニュライフファイナンシャルLPGAクラシック」の2日目。13位タイの日本勢最上位でスタートした上田桃子は、5バーディ、2ボギーの「68」と粘り、通算7アンダーは19位タイに後退するも、日本勢唯一決勝ラウンド進出を決めた。

「昨日よりもティショットは良かった。ロングは2ホールとも2オンみたいなもの」と5番と18番(パー5)のチャンスホールで確実にバーディを奪った上田。パー4では3つのバーディを奪うが、それ以上に幾度とつけるチャンスにも「決めきれず、なかなか気持ちを切り替えられなかった」と貪欲にバーディ量産を狙ってった。

その理由は8月1日に開幕する「全英リコー女子オープン」の出場権にあった。6月に行われた今季メジャー第2戦の「全米女子オープン」2日目に、大きく崩れて予選落ちを喫し悔し涙を呑んだ上田にとっては、どうしてもリベンジを果たしたいメジャーの大舞台。出場権を手にしていない上田のもとには、昨晩までに朗報が舞い込んでいた。

これは、予選2日間36ホールのラウンドで、出場権を持たない上位5選手に与えられる出場権獲得ができるというもの。全英のマンデー出場も覚悟した上田は「自分のゴルフをして駄目だったら仕方ない」という気持ちで臨んだ2日目までをトータル「135」とし、ライアン・オトゥール、ニコール・ヘイジに続いて出場権を獲得した。

「今日は自分の中で攻めきれれば、良くても悪くても自信になると思ったので、最後までそれをやり通せたのがすごい良かった。何より『全英-』に出場できるのですごい嬉しいです」。新たなモチベーションを加え、上田は決勝ラウンドに臨む。


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